地元の歴史と文化を受け継ぎ、次の世代に残していきたい

今日は豊川稲荷の初午祭です。早朝より矢場の準備をしていたのですが、どんな感じなのかと思い、タイムラプスを使ってみました。微風なくせに、今日はなかなか風に悩まされました。

神社の境内で袴姿で弓を構える人。地面にござを敷き、奥に畳を立てかけた的場
豊川稲荷の初午祭、祭礼弓。境内の野矢場に畳を立てかけて執り行います

この地方ならではの弓文化

弓矢は古来より鬼を払う霊的な力を持つとされ、五穀豊穣や村中安全、無病息災を願う祭礼に用いられてきました。

また、三河地方では1560年に徳川家康が「弓之事」という免許状を発し、武士に限らず農工商すべての人々に弓を引くことを許可し、有事の際には加勢するよう命じました。

こうした背景のもと、豊川稲荷では古くから祭礼弓が執り行われ、現在も初午・春季大祭・秋季大祭と年三回の祭礼弓を継続しております。

かつては境内に矢場がありましたが、慰霊碑(豊川海軍工廠空襲)建設に伴い豊川高校弓道場へ移転した経緯から、その存在は広く知られておりません。現在は境内の一角に野矢場を設け、畳を立てかけて執り行っております。

神社の境内、ござの上に車座で座る袴姿の人たち
祭礼弓に集う皆さん。こうした地元の文化を支えています

歴史と文化を次の世代へ

畳文化もそうですが、こうした地元の歴史と文化を受け継ぎ、次の世代に残していきたいと強く思います。

幸いな事に昨年、畳職人になりたい弟子を取りました。また、祭礼弓も受け継いでいきたいと言う若い世代の弟子候補生も見つかりました。

弓に関してはまだ先生の免許を受け継いでいない為、弟子は取れませんが、今日は右肩を痛めて途中から弓が引けなくなってしまいました。自分もいつまでも若くなく、そろそろ真剣に免許披露を考える時期に来たのかと思います。

夜なべの二畳台づくり

な〜んて事を色々と考えながら、日課になりつつある僕の癒しの夜中畳作業も一区切り。

工房で、黒地に白い花紋の高麗縁を縫い付けた二畳台の側面
夜なべ仕事で作っている二畳台。黒地に白の紋を織り出した格式高い高麗縁です
縫着機の上に置かれた、高麗縁と緑の畳表の二畳台
仕上がりに近づく二畳台

二畳台は秋にもう一個作る依頼を受けているので、その時は夜中じゃなく、日中作業にして、そろそろ弟子にも作り方を見せてあげねばと思います。